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墨田梅鉢屋野菜菓子

野菜菓子は江戸時代「砂糖漬」と呼ばれ好まれていたという。
「蓮根、大根、人参、生姜、蜜柑、ごぼう、昆布などの野菜果物をそのまま材料として用い自然の風味を生かした名菓」
また、野菜菓子のしおりからは、隅田川東岸向島は江戸町民の行楽地、ストレス解消と甘いお菓子が、江戸名菓との結びつきを深めたことがうかがえる。
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写真はゴーヤ、椎茸、ナスなど食べてしまってからあわてて撮る。

スカイツリー
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ソラマチ五階は、すみだまち処。
すみだのものづくりや特産品を知ることができる、のんびりした階。
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すみだ茶屋で、特産品のハムとビールを注文。650円。
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傘みたいな照明f:id:tenuguisan:20170225103823j:plain

上野みはし

不忍池あたりを歩こう、それから「みはし」であんみつを食べようと夕方のちょっとした時間で出かけたが、不忍池より、アメ横のほうへ、そしてまず「みはし」へ。
小さな入り口が可愛い甘味処。

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あんみつのはずが、いつのまにか、心太とおでんに変更。
江戸の心太はお酢がきいている?
亀戸天神前、舟和の心太よりは柔らかな酢。
おでんは、ハンペン、大根、タマゴ、昆布、御坊巻き?、コンニャク、豆腐、どれもちょうどいい味だった。

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みはしを出たところで、カラス一羽、桜か梅か、咲いていた。
どっちだろう。

不忍池には行かずに帰ってくる。

みはしは、昭和に始めたあんみつ屋、上野広小路は江戸の頃は寛永寺の領地で、参道を不忍池から流れる川が横切り、川には3つの橋がかかっていたから店名が「みはし」となったとか。
不忍池を散歩しなくても、「みはし」まできたらもうOKだと都合よく考えて満足したが、なんだか驚いた。

新宿追分だんご

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店内から
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商品
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豆大福
これまで食べた中で一番美味しいような~
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豆のお茶
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上野寛永寺清水堂

目指していたわけではない。
藝大美術館での「驚きの明治工芸」を楽しみに上野へ来たが早めに到着。
駅を降り、文化センターの前で左側の木々が魅力的だったからそちらへ。
今日は大道芸のイベント。アチコチでパフォーマンスをしている人たちと、その周りに人垣ができている。
木々を見上げるとカラスの鳴き声が凄まじい。そのうち、何羽も飛び交いはじめて、カラスの方へと足が向く。どこへ行くのか?
先には朱塗りのお寺らしき建物。

変わった形
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見上げる寛永寺清水堂
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屋根の上に飛んできたカラス
西と南(17時前)
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絵馬
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不忍池方向
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本堂内、赤い着物をまとったおばあさん?、いや、おじいさん?、厄除けのありがたい方、何か話しかけられた気がしたが、何を言っているのかよくわからなかった。と、時々、そのような会話をしたりするが、会話、成立せず。

熊本をこけし旅

こけし旅 
こけし旅とは、どんな旅かよくわからない。以前に何か書いたかもしれないが、わすれている。今思うことは、上野からはじまり、京都にも深くかかわり、また江戸時代とも繋がる日本中を楽しむ旅。
楽しむが、日本列島の変化にも、敏感みたいだ。このあたりはハッキリしない。

熊本では日本庭園をぜひ訪ねたい。それから温泉。熊本城はあまり考えていなかったが、急に興味がわいてくる。
魅力的な坂道にも出会えるかもしれない。

先日、「ぶらタモリ」の再放送で熊本城を旅していたのをチラリとみた。あまりちゃんとはみていないが、「せんばやま」が、お堀を掘った盛り土できた藪だということ、だったような。
その藪にいたタヌキが、「あんたがたどこさ」の歌のタヌキ。
なんだか「へ~ぇ、そうだったのか~ぁ~」と。
なんだかそのことが忘れられないので、書いてみた。

紀伊半島をこけし旅

こけしはいつ頃誕生したのだろう。

以前に数日間書いた「こけし旅」を思いだした。たしか、伊豆諸島、小笠原あたりが、紀伊半島へ向かって近づいていくイメージで、愛知と紀伊半島の間に島が移動していて、その島から愛知に橋かかっている、そこを旅する話し。
そうそう、長い橋を歩いているとき、雨が降っていて、傘をさしながらの旅。なんかいつも曇りか雨。

橋は紀伊半島にも、かかっていたのかな~?
空想だからどうにでもなる。
紀伊半島も歩く。紀伊半島も魅力的な地域だ。精進料理を食べたくて、なにか一品でもつくれるようになりたいと思ったが、まだ実行できていない。
これは紀伊半島、奈良、和歌山、三重のことかもしれない。

おばあさんが、火の夢をみたらしく、「消して、消して」と、ねごと。起きて、こわかったといっていた。
ゆうべおじいさんは、喉がいたいといい、まだ噴火があるといっていた。
声かでなくなったり、喉風邪の症状がでたり、そんなとき、風邪をひいた、と、思うのではなく、噴火だと思ってしまうからおかしいと言えばおかしい。
その症状はなにもしなくても、治っている。